船舶用スクリュープロペラは「船の動力」としての機能だけを追求した合理的な造形です。これは人間が感覚で造形したものではなく、回転する運動を推進力に変換していくためのかたち。原さんは、機能を極め尽くしたこのかたちに「美しさ」という言葉では置き換えられない〈ものづくりの感動〉を見出しました。
原研哉 グラフィックデザイナー
「プロペラ」
原研哉さんは、故郷の岡山で船舶用スクリュープロペラ(推進機器)をリサーチ。訪れたのは、世界トップのシェアをもつプロペラメーカーです。巨大な船舶を動かすスクリュープロペラ。誰からも見られない場所でひたすら〈回転力を推進力に変えてゆく力学〉のために作られているものであるのに、そのかたちの無駄なく揺るぎない理由を紐解きます。
デザインの宝物
合理性が生む 揺るぎないかたち
クリエーター
原研哉 グラフィックデザイナー
1958年 岡山県生まれ
グラフィックデザインの枠にとらわれず、展覧会のキュレーション、書籍の執筆などを通じてデザインが持つ潜在力を「可視化」する活動を行う。「RE‐DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」「SENSEWARE」「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを展開。無印良品のアートディレクション、松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は広い。
プロペラの製造工場が位置する倉敷市玉島は、瀬戸内海の海上交通の要衝です。船舶を使った流通関係の企業があり、完成したプロペラを海上輸送するうえでも港湾設備が近く、優れた立地条件を備えています。1926年の創業時は、漁船用プロペラの製造が主でしたが、1952年より大型船舶のプロペラ製造に着手しました。以降、職人の卓越した技術と最新鋭のテクノロジーを駆使したものづくりによって、船舶による世界の物流を支えています。
プロペラのかたち−これ以外の余地がない
スクリュープロペラのアイデアは古代ギリシャに生まれ、19世紀産業革命時に〈馬力と速さを生む形〉が追求されました。ネジ(スクリュー)の原理を利用して、回転によって揚力を発生させ、船を前進させるというのが基本的な考え方です。当初はネジのように長い螺旋状のものが使われていましたが、船には短い翼状の羽根の方が効率的だとされ、現在の形へと発展しました。船の大きさや出したい速さに応じて羽根の数や形、加工を選び、効率をあげます。原さんはプロペラを「根拠がはっきりしているかたち」だと言います。
機能を極めた先にある〈ものづくりの感動〉
直径8.2mに及ぶ型船舶向けのスクリュープロペラに圧倒される原さん。大きさだけでなく、細部へのこだわりにも感心します。プロペラは鋳型から型抜きされた後、機械で表面は研磨され、さらに職人の手で100分の1ミリ単位まで微調整されます。船の推進力や振動、エネルギーの消費量に影響するのがプロペラの回転時に発生する泡。その発生を少なくするため、羽根の表面の凹凸によって生じる抵抗は緻密に計算されています。「巨大なものの精度を上げていくときに、人間の手で仕上げるのは驚きだった」とその技術に敬意を示す原さん。〈ものづくりの感動〉がそこには潜んでいました。
誰からも見られない場所に美が宿る
プロペラは船舶の運航中は海中にあり、決して人目に触れることはありません。ひたすら〈回転力を推進力に変えてゆく力学〉のために作られているものであるのに、そのフォルムは「一片の羽根だけを取り出しても損なわれることなく美しい」と原さんは感嘆します。妥協なく作り上げられた究極のかたちを持つプロペラは、本質を突き詰めた結果といえます。「個性の表出ではなく、合理性や自然の摂理にぴたりと寄り添う、無駄なく揺るぎないかたち」なのだと原さんは語ります。