こて絵とは、左官職人が鏝を使い、漆喰で立体的に描いた浮彫のこと。左官が仕事をくれた施主へのお礼としてつくったと言います。その絵柄には、家内安全や子孫繁栄など、施主を思う願いが込められています。永積さんはこて絵を通じて、左官と施主が互いに贈り合った"気持ち"に触れました。
永積崇 音楽家
「こて絵」
永積崇さんは、愛媛県内子町で建物の軒下に残る「こて絵」をリサーチ。左官職人の遊び心で描かれたこて絵から、左官と施主が込めた思いや願いが見えてきました。
デザインの宝物
左官たちが伝えた〈遊び心〉
クリエーター
永積崇 音楽家
1974年 東京生まれ
SUPER BUTTER DOGでメジャーデビューし、2002年よりハナレグミ名義でソロ活動をスタート。最新シングル「ビッグスマイルズ」(ライブ会場限定発売)、ドラマ『ミワさんなりすます』主題歌「MY夢中」(2023配信リリース)。コロナ禍に生まれ育った街を歩き撮りためた初の写真集『発光帯』を出版。
漆喰は、日本特有の建築材料で、石灰・つなぎの麻などの繊維・糊・油などを混ぜて練った粘土状のもの。江戸時代中期以降、大火の多かった城下町で耐火性能のある漆喰塗りの土蔵が流行し、こて絵が外壁や扉に施されました。職人たちは技術を競い合い、単なる壁塗りではない表現が生まれていきました。明治時代にはその技が全国的に広まったとされています。愛媛県内ではこれまでに約1,000点ものこて絵が見つかっています。
昔に作られたものが、暮らしの真ん中にちゃんと顔を持ってある
内子町の山間部の地区を訪れた永積さん。家々の軒下にさまざまなデザインのこて絵を発見。「近くで見ると、うわあっと塗った感じから、躍動感、パワーが伝わる」と話します。こて絵は、筆の代わりに左官が使う鏝を何種類も使い分け、漆喰を盛り上げたり塗り込めたりして制作します。こて絵が伝わる家の家主は、それがどんな気持ちで作られたものか、控えめながら嬉しそうに口にしました。永積さんは「ささやかな気持ちでもしっかり思いがとどまっていれば、永く残る力が備わる」と自身がつくる音楽と重ねてます。
たくさんの長い歴史の中に混じれる つながりっていうものの本当の形
左官仕事は手間も時間もかかるもの。長期的な関わりが、こて絵に込められる思いを生みました。こて絵は縁起物の「亀・鶴」、火除けの「波・龍」、招福の「七福神・恵比寿・大黒」など、施主への思いが込められた多様なモチーフが選ばれました。
「技術がないと心意気を見せられないってことじゃない。家主と職人たちが仲良くなり、職人がこの人たちのために代々、魔物が来ないようにしてあげたいな、火事になってほしくないな、作物いっぱい育ててるから水に恵まれてほしいな」という気持ちで作ったと想像する永積さん。それを〈贈り合う気持ちに自分もちょっと混ざった感じ〉と表現します。
自由な発想のままにつくる ― 左官の遊び心
内子のこて絵は山間部だけでなく、町なかにも。江戸時代、製蝋を主要産業として発展を遂げた内子の町には、最盛期だった明治時代中頃に建てられた屋敷や町屋が立ち並び、今も当時の町並みをとどめています。中でも木蝋で隆盛を極めた豪商芳我家の邸宅には、繁栄を願ったこて絵が数多く残されています。「笑う鬼」のこて絵を見つけた永積さん。手掛けたのは「こて絵は左官の遊び心」と話す、左官歴五十年以上の職人です。永積さんは、「仕事として決まった形でこて絵を作るのではなく、長い時間をかけてたぐり寄せ、自分の遊び心に近づけた」と話します。意図せずたどり着く表現だからこそ、しなやかな強さを持つのです。
どこに行けばこのデザインの宝物に会える?
内子町八日市護国
旧街道沿いに江戸末期から明治、大正時代にかけて建てられた豪壮な商家や土蔵、町家などの漆喰壁の建物が今も残る。重要伝統的建造物群保存地区に選定された一帯を散策できる。
愛媛県喜多郡内子町内子
行き方の詳細はホームページをご確認ください
愛媛県歴史文化博物館
愛媛県の歴史や民俗を体感できるミュージアム。収蔵資料に明治時代中期に喜多郡・上浮穴郡を中心に活躍した左官正木長兵衛作の「金太郎の鏝絵」がある。
〒797-8511
愛媛県西予市宇和町卯之町4-11-2
利用詳細はホームページをご確認ください