製版機器の総合メーカーでヒラギノフォントが誕生したのは、1993年。パソコン上で印刷物のデータを制作するDTP(デスクトップパブリッシング)が日本でも広まりだした頃でした。デザイナーや製版・印刷会社から、高品質で汎用性の高い書体(フォント)を求める声が上がるなか、開発がはじまったのです。現代では、フォント制作のほとんどの作業はデジタル化されましたが、ヒラギノシリーズで最初に開発された明朝体の原字は手描きで、修正や描き直した跡に時間が刻まれています。
私たちの生活に馴染み深い明朝体のフォントが生まれた京都。実は明朝体の基になった文字もこの場所に縁があるのです。
宮永愛子 現代美術作家
「ヒラギノフォント」

宮永愛子さんは、京都で「ヒラギノフォント」をリサーチ。私たちが普段当たり前に目にしている書体が誕生し、普及するまでの〈時間〉に思いを馳せました。
デザインの宝物
明朝体と京都の新しく古い関係

ヒラギノ明朝体の原字
クリエーター

Photo:MATSUKAGE
Courtesy of Mizuma Art Gallery
宮永愛子 現代美術作家
1974年 京都生まれ
日用品をナフタリンでかたどったオブジェや、塩、陶器の貫入音や葉脈を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時間を視覚化し、「変わりながらも存在し続ける世界」を表現した作品で注目を集める。
主な近年の展覧会に、個展「宮永愛子 詩を包む」(富山市ガラス美術館、2023)、個展「宮永愛子–海をよむ」(ZENBI-鍵善良房-KAGIZEN ART MUSEUM、京都、2023)、グループ展「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」(森美術館、東京、2023)等。

ヒラギノ明朝体
画像提供:SCREENホールディングス
明朝体のルーツ
ヒラギノフォントには、大きく7つのバリエーションがあります。なかでも日本人に馴染み深いのが明朝体です。筆の味わいが文字の形や線の太さによって表現されており、文字に強弱があるため高い可読性が期待できるフォントです。明朝体のルーツとされているのが、京都にある宝蔵院が所蔵する「鉄眼(てつげん)版一切経(いっさいきょう)」の版木*。約6万枚もの版木を前にした宮永さんは「仏教を広めたいという一途な思いがあったからこそ実現した壮大なプロジェクト」と驚嘆します。
*仏教経典の一切を集めたもので、三蔵法師らが中国語に訳した漢文

鉄眼版一切経版木
画像提供:宝蔵院

大量の版木を前に宮永さん
ニュートラルなのに、個性的
ヒラギノフォントが目指したのは、雑誌などに使われたときに写真と調和しながらも、引き立つ文字。パソコンに初期搭載され、目指したのはデジタル時代に自由にデザインする環境に適した新しい書体。「ほかのどこにもないクールで現代的なデザイン」をコンセプトに、30年以上経過した現在も色褪せることなく使い継がれています。クセが少なく、ニュートラルな印象になるように細かく調整されたヒラギノフォントを、宮永さんは「特徴を失ったのではなく、個性のない個性を持った文字」だと評します。

原字を手にとりじっくり眺める宮永さん
ヒラギノのデザインの秘密
1. 字面 *はやや大きめ
ヒラギノは字面がやや大きめに設定されています。隣り合う文字との間に適度な空間が保たれ、読みやすく落ち着いた文字並びとなります。
*日本語のフォントは、正方形の枠の中に一字ずつデザインされており、その枠に対して文字の形をした部分を字面という
2.フトコロ*は中庸
ヒラギノのフトコロは狭すぎず、広すぎず、中間に設定されています。狭すぎると低解像度で使う時につぶれやすくなり、広すぎると文字のかたちが正方形に近づくため文字の識別が困難になり、読み取りにくくなります。
*文字を構成する線で囲まれた空間のこと
3.重心位置は中間
縦組、横組どちらにも適応できるよう、文字で最もボリュームがある部位(重心)は高過ぎず、低過ぎない、視覚的に中間の位置に設定されています。重心が高いと若々しく、低いと堂々とした感じに。
4.文字の濃度は均一
文字の濃度が均一に見えるように各部のアキを設定し、線の密度に偏りがないように調整。文章を組んだとき、見た目のバランスが取れているだけでなく、読みやすさもあります。
情報提供:SCREENホールディングス


日本から世界のスタンダードへ
高速道路の標識から雑誌や商品のパッケージなど、様々なものに用いられているヒラギノ。2000年には、Apple社のスティーブ・ジョブズがMacOSのシステムフォントとして採用することを発表しました。それ以降、「Hiragino」の名は世界に知られることになり、20年以上に渡り、Apple製品の日本語表示にはヒラギノが使われ続けています。世界のスタンダードとして人々の生活に浸透しているのです。身近な文字の起源を知った宮永さんは「ひとつの始まりを想像することができると、色んなことにも始まりがあるのだと改めて気付かされる」と。

ヒラギノフォント(和文部分)を採用した高速道路標識
遠くから見ても読みやすい
画像提供:NEXCO東日本