自然の石をほとんど加工せずに積み上げる「野面積み」は、穴太衆が得意とする工法です。戦国時代、安土城を築こうとする織田信長にも彼らの技術力の高さが知られ、石垣工事に招聘され堅牢な石垣構築の能力を発揮。その後も豊臣秀吉をはじめ、諸国大名の城の石垣造りに活躍しました。野面積みの石垣は、堅牢な外壁の機能だけでなく、石の大小、種類もさまざまな組み合わせの趣ある魅力も持ち合わせています。
永山祐子 建築家
「野面積みの石垣」
永山祐子さんは、滋賀県大津市坂本で「野面積みの石垣」をリサーチ。比叡山のふもと、滋賀県大津市坂本へ、石工職人集団 穴太衆が築いた石垣を訪ねました。地中から掘り出した石の形にほぼ手を加えず積み上げる「野面積み」が兼ね備える、強さと美しさの理由を探ります。
デザインの宝物
戦国の石垣・自然石と向き合う
クリエーター
永山祐子 建築家
1975年 東京都生まれ
青木淳建築計画事務所を経て、2002年永山祐子建築設計設立。その建築に求められる本質を見極め、緊張感と心地よさがバランスよく共存する空間をつくる。最近の仕事に、「ドバイ万博 日本館」(2020)、「東急歌舞伎町タワー」(2022)、大阪・関西万博「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」「ウーマンズパビリオン in collaboration with Cartier」(2025完成予定)などがある。
比叡山の門前町として栄えた滋賀県大津市坂本は、石工職人集団 穴太衆の本拠地として知られます。比叡山延暦寺や里坊の石垣を高い技術力で築き、現在の町並みにも美しい風景として残されています。一帯は1997年に国の伝統的建造物群保存地区に指定されました。
滋賀院門跡を囲む高い石垣と白壁や、日吉大社の参道周辺など、大津の町では穴太衆が手がけた数多くの野面積みの石垣を巡り歩くことができます。
自然現象で変化するバッファーを残す
野面積みは自然石の形を一つずつ見極めながら積む、技術の習得が難しい工法です。永山さんが注目したのは、石同士の隙間に詰められた抜くと取れてしまうくらい「〈遊び〉のある小石」。地震発生時に隙間があることで石がバランスを保ちながら動いて力を分散し、当初は構造的に効いていない遊びのあったいくつかの小石に力がかかり崩れるのを食い止めます。全体的に免震の役割を持っているのです。積まれた石は正面しか見えず分からないのですが、実はその内側は奥に深く、隙間を支える石や排水処理を果たす砂利が詰め込まれています。石垣は固めすぎないのが肝、ガチガチに積むとかえって弱くなるのだそう。自然の揺らぎや移ろいといった「制御できるものとできないもののバランスが美しい」と永山さんは感動します。
機能だけではなく、美しさを共有するところへ向かう
滋賀院門跡へ、穴太衆15代目の親方・粟田純徳さんを訪ねた永山さん。石垣の続く道で発見したのは、石垣の中に斜めに配置された巨石。代々の親方ごとに積み方の個性があるのだそう。「技術としての石積みに、それぞれの職人の表現の美意識が加わっていくのがすごくおもしろい」と永山さん。400年以上の耐久性を誇る堅牢な石垣は、後世を引き継ぐ職人にとって教科書のようなものだとも表現します今でも修復作業を通して石垣の裏側から先人の考えまでも学ぶとを知り、過去の事例を見て学ぶことの大切さを感じます。
自然石の組み合わせで生まれる唯一無二のリズム
石垣に用いられる石は、その土地周辺で採れるものを使うことが多く、いわば「石の地産地消」のようなもの。掘り出したままの形の個性や風土の個性が表れます。加工した同じ大きさ・同じ形の石を積む工法で築いた石垣は全体に整った美しさを持ちますが、野面積みの石垣は野趣がある自然な美しさが魅力。ひとつの壁面にさまざまな種類の石が混在しており、石の種類によってはだんだん苔生したりと経年でそれぞれの石に表情が加わります。永山さんは、石と自然が一体となり〈石垣が風景に馴染んでいく〉美しさを讃えます。
どこに行けばこのデザインの宝物に会える?
滋賀院門跡
坂本にある延暦寺の里坊の総本坊であり、天台宗に8ヶ寺ある門跡寺院の一つ。坂本の町の中でもひときわ背の高い石垣と白壁に囲まれており、格式の高さを誇る。
〒520-0113
滋賀県大津市坂本4-6-1
お問い合わせ:077-578-0130
拝観の詳細はホームページをご確認ください