今回のリサーチで博物館に数多くあるコマのなかでも辻川さんの関心を特にひいたのが「ぶちゴマ」でした。ぶちゴマは、専用のハタキを使って側面をたたきながら回すコマで、軸や芯のないミニマルな形状です。木の枝を切り落とし、先端を削るだけというごく少ない工程で作られます。
辻川幸一郎 映像作家
「ぶちゴマ、そこから広がる
さまざまなコマ」
辻川幸一郎さんは、兵庫県姫路市にある日本玩具博物館で、コマをリサーチ。この私設博物館では、日本をはじめ世界160の国と地域の玩具資料、約9万点を超えるおもちゃを所蔵しています。館長が自らのコレクションを展示するため、自宅の一部を展示室として公開したことに始まり、現在では我が国を代表する玩具博物館(博物館相当施設)となっています。その様子を辻川さんは「ひとりの人間の情熱がつくりあげた小宇宙」と例えます。
デザインの宝物
おもちゃは人間が最初に触れるデザイン
クリエーター
辻川幸一郎 映像作家
1972年 福岡生まれ
日常の中でふと浮かび上がる妄想や幻覚を、子供の手遊び感覚で映像化し、記憶と感触を刺激する世界を創り上げる。CMやMV、ショートフィルムなどの映像作品を中心に、様々な分野にわたって国内外で活動している。最近の仕事にグーテフォルク「みずいろこども」(2022)やCornelius「火花」(2023)のMVなどがある。
様々な特徴を持つ日本のコマ
雪深い風土、洗練された都会、鎖国時代にあっても中国大陸や南欧の影響を受けやすかった地域など、それぞれのコマの形や回し方に地方色を見ることができます。例えば、東北地方には、芯の先が丸く削られ、雪の上でもよく回る形状の「ずぐりゴマ」があります。関東地方には、洒脱な形と華やかな色合い、からくりの要素をおり込んだ「江戸ゴマ」が見られます。関西地方には、古代のコマの形を伝える「竹鳴りゴマ」が残され、九州地方では、砲弾型の胴に鉄製の芯を打ち込んだコマがよく知られています。
コマの原点=回転そのものを形にする
回転そのものを形にしたような〈コマの原点〉を思わせるぶちゴマの姿に辻川さんは最も造形美を感じるそう。「日本のぶちゴマは、素朴ながらも凜とした佇まいで、桜の樹肌の模様と先端の彫り跡のコントラストが美しい」と語ります。ぶちゴマは世界各地で多発的に生まれており、6世紀日本の遺跡からも、古代エジプトの遺跡からも発見されています。
おもちゃは人間が最初にふれるデザイン
ワクワクした気持ちこそ〈デザインのおこり〉
辻川さんは、人が生まれ落ちてから最初に惹かれるものがおもちゃだと言います。「さわりたい、みたい、ききたいなど、おもちゃは人間の五感のめばえであり、原始的な衝動がデザインとして形をもったもの」なのだと。おもちゃの語源は「手守り」「もちゃそび」「手遊び」といった言葉が並びます。このことからもコマを〈手で持つ〉ことで健康を保ち病魔をよけるなど、昔はお守り的な要素も強かったことが分かります。人は古来より回転が生み出す高揚感やトランス感覚に魅了されてきたのです。
音のなるコマ、呪術のためのコマ
コマの起源は、木の実だという説があります。そのむかし人類は、枝から落ちてくるくると回る木の実を見て、〈回転というシンプルな自然現象〉をコマに写しとったのかもしれません。コマが回転する姿を見て、辻川さんは、「コマが人を惹きつけるのは、死を感じさせるからではないか」と言います。「勢いよく回り始め、軸が安定すると静かに立ち、やがて乱れだし、最後に倒れる姿に人の一生を重ねてしまう」のだそう。回ると音が鳴るコマも数多く存在します。紐を使って音を増幅することを目的としたブンブンゴマなどは、遊びだけではなく呪術道具として使用されることもあります。
どこに行けばこのデザインの宝物に会える?
日本玩具博物館
凧・独楽・手まり・雛人形・ちりめん細工などの日本の郷土玩具、海外160カ国の玩具や人形など9万点余りの資料を所蔵・展示。日本の伝統的な白壁土蔵造りの外観、庭では四季の移ろいも楽しめる。
〒679-2143 兵庫県姫路市香寺町中仁野671-3
開館時間: 10:00~17:00
休館日: 水曜日、年末年始(12月28日~1月3日)※水曜が祝日の場合は開館
利用詳細はホームページをご確認ください