菊地敦己 グラフィックデザイナー

栃木/栃木県

「ほうろうの生活用品」

地図

菊地敦己さんは栃木で「ほうろうの生活用品」をリサーチ。全工程を国内で一貫生産している日本で唯一のメーカーを訪れました。ほうろうとは、金属の表面にガラス質の 釉薬 (ゆうやく) を焼き付けたもの。強くて錆びやすい鉄と美しくてもろいガラスを結合させ、両者の長所を活かし弱点を補い合う複合素材といえます。

デザインの宝物

〈デザイナーなし〉の温かいデザイン

古くは工芸品や装身具に使われていたほうろう。鍋や容器といった生活の実用品として用いられ始めたのは、明治時代とされています。菊地さんはほうろうを「使う人のニーズと作る工程がすごく近い。だから無理がない」といいます。時代ごとの日々の暮らしの中で“ほしい”と思うものを形にしてきた製造現場に足を運びました。

クリエーター

菊地敦己

菊地敦己 グラフィックデザイナー

1974年 東京都生まれ
美術や工芸、建築、ファッションなどの分野を中心に、VI計画、サイン計画、エディトリアルデザインなどを手掛ける。主な仕事に、VI・サイン計画(青森県立美術館(2006)、PLAY! MUSEUM(2020)、横浜美術館(2024)など)、ファッションブランドのアートディレクション(ミナ ペルホネン(1995–2004)、サリー・スコット(2002–2021)など)ほか。展覧会も数多く開き、平面表現に言及した作品を発表している。

製造ラインを流れるほうろうを見る菊地さん

製造ラインを流れるほうろうを見る菊地さん

ほうろうは酸や塩分に強いので、食材や薬品の保存に最適。そのまま火にかけることもできるので、調理や調合にも向いています。鍋や浴槽、タンク、理化学用品、燃焼器具、建材、衛生用品、医療器具など、日常生活から産業まで、たくさんの分野で使われてきました。

画像提供:野田琺瑯

釉薬をまとって初めて「ほうろう」になる

「プレスの作業では〈押す〉と〈切る〉しかやってない。だけど押すと切るだけで結構複雑な形ができちゃう」と話す菊地さん。ほうろうは鋼板をプレスや溶接で成型し、ガラス質の釉薬を高温で焼き付けて定着させて仕上げます。この〈釉薬〉がほうろうの真骨頂。生の金属のままでも美しいけれど、そこに個性は感じられません。釉薬をまとって初めて「あ、ほうろうになった」と。

成型した金属に釉薬をかける様子

成型した金属に釉薬をかける様子
画像提供:野田琺瑯

プレスした状態の金属板

プレスした状態の金属板

ほうろうが焼成炉に入る様子

ほうろうが焼成炉に入る様子
画像提供:野田琺瑯

一見無駄に見える感じ、がなんかいい

ほうろうは釉薬に含まれるガラス質が溶けることで金属全体がコーティングされますが、釉薬をかけた後はなるべく表面に触れないことが不可欠。そこで金針でつるします。
菊地さんが注目するラウンドストッカーの蓋には「耳」のように取っ手がふたつ付いています。「針にひっかける場所がどうしても必要だった。必要なのはひとつだけど、片方じゃなくて両方つけた。それも面白い」と菊地さん。「全く無駄ではないし、工程上必要なのは確かだけれど、あの形にしたのは、その姿が〈なんか面白かった〉からだと思う」と話します。

“両耳”のついた蓋を手にする菊地さん

“両耳”のついた蓋を手にする菊地さん

製造工程上、引っ掛けるために付けられた取っ手

製造工程上、引っ掛けるために付けられた取っ手

耳のような姿が、ほうろうらしい「かわいらしさ」につながっている

耳のような姿が、ほうろうらしい「かわいらしさ」につながっている

ラウンドストッカー

ラウンドストッカー
画像提供:野田琺瑯

「使う」と「作る」が同じ人の中に感覚としてある

ほうろう=カラフルな色や柄というのが主流で「家庭用品の白いほうろうは売れない」というのが業界の常識だった2000年頃、“食材や料理の色が映える白色でシンプルな冷蔵庫に収まる蓋付きの容器”にこだわったホワイトシリーズが生まれました。ほうろうは下ごしらえから調理、保存まで何役もこなしてくれる道具です。毎日家族のために料理をする手順の中で、使い勝手を試しながら「こんなものがあったら便利で素敵なのに」という社員の思いを具現化しました。
「実際にものを使うことを分かっている人がデザインする信頼感がある」と話す菊地さん。「できたものを見ると当たり前に見えるけれども、それを発見することはすごく難しい」とも指摘します。〈ものを作る現場のこともわかっているからこそ、生み出されるデザイン〉があるのだと。

下ごしらえ・調理・保存を兼ね備えた保存容器「ホワイトシリーズ」

下ごしらえ・調理・保存を兼ね備えた保存容器「ホワイトシリーズ」
画像提供:野田琺瑯

オーブンや直火で調理して、そのまま食卓に出すこともできる。余ったら蓋をして冷蔵庫へ。家庭料理は毎日のこと。無駄を省き合理的な使い勝手から考案された。

オーブンや直火で調理して、そのまま食卓に出すこともできる。余ったら蓋をして冷蔵庫へ。家庭料理は毎日のこと。無駄を省き合理的な使い勝手から考案された。

容器のサイズを決めるのに冷蔵庫の棚の高さを調査したそう。

容器のサイズを決めるのに冷蔵庫の棚の高さを調査したそう。

漬物ファミリー 1976年発売 酒井佐和子さん(料理研究家)と共同で開発。時代ごとの暮らしにとって欲しいものを生み出してきた。

漬物ファミリー 1976年発売
料理研究家の酒井佐和子さんと共同で開発。時代ごとの暮らしにとって欲しいものを生み出してきた。

画像提供:野田琺瑯

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