広い海の上でも一目でわかる、原色を散りばめた大漁旗の配色は、海の文化から生まれた迫力や豪快さがあります。
旗の制作には、〈筒描き〉という糊防染の技法が多く用いられてきました。筒描きは図柄を一点ずつ布に手で描き、色を染め付け仕上げます。
全国的に見てもいまや数少なくなった、手描きで大漁旗を作る染物店が、米子城の城下町として栄えた鳥取県米子市の 紺屋町 にあります。
菱川勢一 映像工芸作家
「大漁旗」

菱川勢一さんは、鳥取県で大漁旗をリサーチ。かつては漁に出た漁船が、陸で待つ家族や関係者に大漁を報せるために用いたという大漁旗。現在は、船を新造した船主に贈られる、親戚や仲間からのお祝いです。正月や祭りなどハレの日に掲げて出航し、賑やかに船を飾ります。大漁旗は全てが一点もの。大漁旗は〈残したいもの〉だとかねて想いを抱いていた菱川さん。船を進水させたばかりの船主と、贈られた旗を手掛けた染物職人を訪れました。
デザインの宝物
漁師たちを鼓舞する魂のデザイン

画像提供:鳥取県漁業協同組合 網代港支所
クリエーター

菱川勢一 映像工芸作家
1969年 東京都出身
音楽業界を経て単身ニューヨークへ渡り、音楽と映像を融合したメディアアートを展開。帰国後1997年DRAWING AND MANUALの設立に参加。企業ブランド映像のディレクションやファッションブランドのステージ演出、写真家としての活動、美術館の空間演出などジャンルを越えた横断的な創作活動を展開。
2022年より日本の工芸をベースにした映像工芸の創作を開始。2023年台湾にて映像インスタレーション作品「Karmen」を発表。

大漁旗のリサーチ 撮影:菱川勢一
大漁旗の技法と用途
〈筒描き〉は、もち米や米ぬかなどを混ぜた糊を布の上に絞り図柄を描きます。筆で描くのと同様にフリーハンドで線を引くので、自由で力強くおおらかな表現が得意。糊が置かれた部分は色が染まらず、多色の場合は色を隔てる境目にもなります。
大漁旗の一番の特徴は、大胆で華やかな色使い。旗の元来の役割は陸で待つ人々へ豊漁の喜びの報せであり、港での作業を準備する人々への信号でもありました。配送や通信システムが整っていない時代、海産物を新鮮なまま素早く届けるために、沖合からでもどんな天候でも識別できるように肉太な文字と原色のシンプルな表現が求められたといいます。漁船の技術的進歩や通信技術の発達により、かつての機能は求められなくなった今でも、船の安全祈願や豊漁の願いを込め、新造した船に贈られます。

筒描きを手掛ける染物店の工房
いろんな〈想い〉が込められて、旗になる
大漁旗を手掛けたのは、いまや数少なくなった、筒描きで大漁旗を作る染物店。工房がある場所は、染物を生業とする紺屋が今でも町の名前に残ります。
工房で、筒描きの糊置きの工程をリサーチした菱川さん。手描きならではの勢いで、漁師の心を大海原に駆り立てる勇しい図柄が、繊細な描画から極太の大胆な線の運びまでを組み合わせ、のびのびと描かれていきます。
大漁旗の図案は、依頼主と相談し、宝船や恵比寿などの縁起物や、カニやイカなど贈る相手の漁師が狙う獲物の図柄を採用することも多いそう。古くからの図案も大切にしながら、一枚一枚この人だからこその新しい柄を生み出します。「お客さんと一緒に考えたり、相手の雰囲気を思いながらフリーハンドで描いたりする。船長さん、これが届いた時、嬉しいと思う」と菱川さんは思いを巡らせます。

筒描きの糊置き作業に見入る菱川さん

温度や湿度で変化する糊の硬さを調整するのも職人技

筒先につける口金の形によって、線の太さを変える

昔の図案や色使いは今よりシンプルだった
派手にするのは、背景にある気持ちの表れ
「命がけで海に向かうものを盛大に送り、安全を祈願する気持ち」が色となって表れていると指摘する菱川さん。赤のとなりに緑を置くなど、文字や柄が目立つようなコントラストの強い配色も、昔から引き継がれてきたものだそう。薄い色から濃い色へ、色ムラができないように素早く刷毛で染め上げます。
菱川さんは「大漁旗は、後ろに生死をかけたものがある。渡す時、貰う時の両者の気持ちが強い、すごい大事なもの」とも話します。お守りのように旗を掲げ、無事に帰って来られたら縁起の良いものとして、より一層宝物になっていくのだと。

糊の間に色を乗せていく様子

糊を落とすと布地の白が染め抜かれる
写真提供:松田染物店

染め上がった旗を見つめる菱川さん
やっぱり大漁旗は船が似合う
春先に人生で初めて自分の船を新造した船主に会いに、港へと向かった菱川さん。船の完成のお祝いに、漁師仲間や仕事相手などから30枚近くの大漁旗が贈られました。進水式の時には船幅いっぱいに旗を掲げ、贈ってくれた人々の想いと共に出航したそう。「誰かが誰かに思いを込めて作った一点物。唯一無二のものだし、この船のもの」と感じる菱川さん。「旗が愛おしく見える、本当に。贈った人の無事に帰ってきてほしいとか、いっぱい捕ってきてねっていう気持ちも含めて伝わる」と感動します。

この船の〈稼ぎ頭〉である松葉ガニが描かれた大漁旗も。

新造船の大漁旗に感動する菱川さん

30近くの“祝い旗”が送られたという