乾さんが訪れたのは、富士宮市猪之頭の集落、伊豆半島にある城ヶ崎海岸、そして熱川温泉です。それぞれ豊かな水資源−湧水、海、温泉で知られ、環境に応じた人々の営みから生み出された特徴的な風景を見ることができます。
乾久美子 建築家
「小さな風景」
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乾久美子さんは、静岡の水にまつわる様々な「小さな風景」をリサーチしました。
デザインの宝物
無名の工夫の集積にデザインを見る
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乾さんが富士宮市井の頭で見つけた手作りの橋と水場。
クリエーター
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乾久美子 建築家
1969年 大阪生まれ
青木淳建築計画事務所勤務を経て独立、現在は乾久美子建築設計事務所代表。社会における「コモンズ(共有財)」をはぐくむ空間やきっかけづくりを大切にして、「小さな風景からの学び」というリサーチの経験を生かしながら、コモンズの多様な可能性を探っている。最近の仕事に「釜石市立唐丹小学校・釜石市立唐丹中学校・釜石市唐丹児童館」(2018)、「宮島口旅客ターミナル」(2020)、「京都市立芸術大学・京都市立美術工芸高校」(2023、共同設計)などがある。
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湧水にまつわる「小さな風景」を記録する乾さん
「小さな風景」とは
乾さんは、人々が大切にしている公共的な場所や習慣など、「普通に生活している人が工夫の積み重ねで作っている風景」を「小さな風景」と呼び、写真に収め考察するプロジェクトを行なっています。対象となるのは、田畑の農業小屋から、まちなかのちょっとしたベンチまで、ありふれた風景をかたちづくるものたち。気取らない地域の温かみや地元愛が〈共有財(コモンズ)〉となり、みんなで守り合うことで日常のかけがえのない場所が「生きられた場所」となっていく。そこから得られる発見やひらめきが自らの設計のヒントになっていると乾さんは言います。
湧水を使いこなすくらしー富士宮・猪之頭
富士山山麓は豊富な湧水で知られ、西麓に位置する猪之頭もそうした地区のひとつ。地中にしみ込んだ雨や雪解け水が、2つの地層(水を通しやすい“新富士火山”と、その下の水を通しにくい“古富士火山”)のあいだを裾野に向かって流れ、最後には“新富士火山”の地層の末端で、湧き出します。湧水にまつわる小さな風景が、数十万年前にわたる富士山の火山活動のうえに現れています。水を汲むための足場をコンクリートブロックで作ったり、自宅の庭に水を引き入れて人工池を作ったり。「ありもので器用に自分たちの空間を作っているダイナミックさ」を感じると乾さん。
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用水路でセリを摘む住民と乾さん。
湧水は年中水温11℃。四季を通じて貴重な生活用水となります。
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湧水に2個のブロック発見。ここに両足を置いて置いて水を汲むのだとか。
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湧水を邸内に引き入れ養鯉池に。家にとっては庭園の一部になっている。
違う人々が共存するための〈運営のデザイン〉−伊豆・城ヶ崎
城ヶ崎海岸にある富戸漁港は伊豆半島・城ヶ崎海岸の北端に位置する小さな漁港で、ダイビングスポットとしても有名です。夏には漁船・ダイバー・海水浴客が緩やかに混在する静かな入り江。「もともと自然にあった地形を丁寧に活かして付け加えられた人工物が自然とシームレスにつながり、豊かな場所をかたちづくっている」と乾さんは言います。防波堤の段々が漁師の即席の調理場になったり、ダイバーの休憩所になったり。異なる目的をもった人々が共存するために「お互いの利益になる働きかけや心遣い」がいたるところで見られます。
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漁船だけでなく海水浴客も。異なる2者がおおらかに共存。
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防波堤の段々を利用した仮設の休憩空間。整然と並ぶダイビング用品。
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いつの間にかできた日陰の即席休憩所。どこからか集めてきた椅子がたくさん。
温泉地の地形を使いこなす工夫−伊豆・熱川
静岡県の東端に位置する伊豆半島には多くの火山があり、その恵みで熱川をなどの温泉地があります。 これは伊豆半島が、もともと海底火山群として生まれ、長い時間をかけて隆起しながら、プレートとともに北へ移動してきたという歴史に由来しています。 温泉街のいたるところで見られる湯けむりの風景から「伊豆半島が〈動き続ける大地〉であることを直に体感できる」と乾さんは言います。この場所の小さな風景には、傾斜の多い地形に応じた工夫や気配りが見られます。
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温泉を利用した蒸し/洗い場。「温泉卵用」と「銭洗用」の不思議な組み合わせ。
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坂の傾斜に沿わせるように、床を階段状にした店舗。
スキップフロア効果で、店内はどこに座っても視界広々。
どこに行けばこのデザインの宝物に会える?
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乾久美子(建築家)
「小さな風景」無名の工夫の集積にデザインを見る(富士宮・伊豆/静岡県)
DESIGN MUSEUM JAPAN展 集めてつなごう 日本のデザイン
国立新美術館 2022年
陣馬の滝 水汲み場
溶岩層の隙間から湧き出した水が滝をなしており、水汲み場も設けられている。
〒418-0108 富士宮市猪之頭529(遠照寺オンショウジ)
周辺エリアの情報はホームページをご確認ください
熱川温泉
伊豆にある熱川温泉は、東京から約2時間の温泉街。温泉やぐらがたくさんあり、湯煙が街に広がっている。
〒413-0302 静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本966-13
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